【日本近代文学名作選(25)】 若山牧水(明治18年 - 昭和3年)による随筆 「私の生れた家は、東と北とに山を負ひ、前に溪を控へた坪谷村字石原一番戸といふのだった。溪を距てた向側は、また巍峨たる險山となつてゐる。その部落と東隣の部落との間には、少しの間人家が斷えてゐて、和田越といふ小さな峠を越して来ると、まづ私の家が取っ着きとなり、そのまゝ疎らに溪に沿うて、西へ細長く、総戸数二十二戸ばかりの石原となるのだつた。西の方から白々と瀧のやうな長い瀬になって流れて来たその溪は、丁度私の家の眞下で、大きく彎曲して、そこだけ深い淵となってゐた。二階からはその大きな淵が一面に見下されて、月の夜など特に好かった。」ーー 朗読:長尾奈奈 企画/制作:声の書店 協力:株式会社 仕事 (C)2024 声の書店.