あとがき より
「ジャズ・アプローチによる音階大辞典 (The Complete Thesaurus of Musical Scales)」の出版以来、「サブセット・部分音階の和声的活用法」に関する質問を多くの利用者から頂きました。本書がその模範解答です。
19世紀から解き放たれた西洋音楽創造の局面に色彩的要素、すなわち、不協和音の積極的使用があります。不協和の価値観は時代と共に変化しており、ジャズにおけるクロマティシズムは20世紀を通してゆっくりと浸透し、降り注ぐ雨音のごとく無調性への現実を音楽の屋根に叩きつけました。
本書で啓蒙される「インターバル・ベクター分析によるサブセット・音群のハーモニーへの活用」は、従来の音楽理論書では説明されていません。全ての音階の可能性を重複なしに導き出すためのシステムである「ジャズ・アプローチによる音階大辞典」の編纂者だからこそ考案できた協和・不協和音への包括的和声論なのです。
音楽の歴史において、「協和」と「不協和」の価値観が大きく変化してきたように、成長段階にあるミュージシャンの美的感覚の発達も、それぞれ違っているはずです。音楽という聴覚による芸術は、旋律・和声創造の可能性をこと細かに制限するものではなく、絵の具を混ぜ合わせ、様々な色彩を携えたパレットを持つ画家のごとく、常に色彩的可能性を拡充していくものだと思います。
本書で説かれた和声概論は、はじめは難解なコンセプトに感じるかもしれませんが、コード・シンボルが付けづらい色彩的ボイシングを解明する最善の方法だと年を追うごとに痛感するはずです。結局のところ、21世紀の音楽は大きく分けて、20世紀の「焼き直し」音楽のままか、一部の冒険心を持つミュージシャンによる商業性のない分野での自己表現に分かれる気がします。つまり、「色彩調和和声の技法」におけるカラー・ハーモニーの無限(あるいは有限)の海に深く潜るか、浅瀬で楽しむかは本人次第なのです。期待できるのは、IT化が進む現代において情報が自由に得られ、ジャンルの枠が取り払われ、新しい色彩感覚のミュージシャンが生まれつつあることです。現代音楽もジャズもポップ・ミュージックも好きだというミュージシャンは続々と出てきています。協和と不協和の色彩を自由自在に使い分け、尚且つ、音楽性の「質」を落とさないという音楽も生まれてくるかもしれません。
本書の英語原稿に目を通し、クロマティック・ボイシングの用例の一部引用・応用を許可してくれた恩師、デビッド・リーブマン氏に改めて謝意を表します。しかし、本書における文章責任は、筆者にあることを明記しておきます。
「色彩調和和声の技法」を学んだミュージシャンの楽曲作品のボイシングは「ハーモニーを空間上でベクターの比率をコントロールしているインターバルのゲーム」でありハーモニーにおける色彩的手法の新境地を開拓していくはずです。表現力の拡大が常に望まれるインプロヴィゼーションや作曲において、本書が新しい世代のミュージシャンが創造するであろう色彩の可能性を最大限に引き出すことを心から願っています。
日本人として初めてニューヨーク市立大学大学院(City College of New York)でジャズ・パフォーマンス科の修士号を取得し、