社会システム論の構図

Nagai, Toshiya
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社会システムとは、ダブル・コンティンジェンシー、すなわち、自己の選択と他者の選択が相互に相手の選択に依存している二重の不確定性を縮減する機能である。パーソンズも、ルーマンも、ダブル・コンティンジェンシーがいかにして縮減されるのかを根源的に説明しておらず、彼らの説明は、畢竟「社会システムが存在するから、社会システムは存在する」という循環論法を越え出るものではなかった。ルーマンの社会システム理論は、オートポイエーシス論と称して、その循環論法に居直ったが、社会システム理論をオートポイエーシス論に限定することは、たんなる視野狭窄しかもたらさず、それをシステム理論のパラダイム転換と評価することはできない。

ダブル・コンティンジェンシーがもたらす囚人のディレンマから抜け出すには、高資本の媒介的第三者が必要である。媒介的第三者は、言語、貨幣、刑罰などのコミュニケーション・メディアを通じて、社会的エントロピーを縮減するのだが、従来の社会システム理論では、こうした媒介的第三者の役割が正しく評価されていなかった。本書は、市場や資本の概念を、経済システムにおいて適用される狭義の概念から、家族システム、文化システム、政治システムにおいても適用される広義の概念へと拡張し、結婚市場、言語市場、政治市場での交換による評価のメカニズム、身体資本、文化資本、社交資本の非対称な蓄積のプロセス、支配のロジックと物象化の問題点を社会システム論の立場から幅広く考察する。

本書は、この問題意識に基づき、第一章で、交換としての認識、交換としての結婚、交換としての復讐を取り上げ、これらの交換が、貨幣というコミュニケーション・メディアを通じた経済的交換と同一の構造を持つことを示し、文化システム、家族システム、政治システムにおけるコミュニケーション・メディアの役割と資本蓄積の格差について説明する。第二章では、家族システムにおける父、政治システムにおける権力者、文化システムにおける神といった抑圧的な存在として君臨する媒介的第三者を描き、第三章では、反逆を鎮圧する暴君としてではなく、人々を自発的に服従させ、訓育し、支配する現代の権力のあり方を論じる。

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About the author

著作家。インターネットを主な舞台に、新たな知の統合を目指す在野の研究者。専門はシステム論。1965年8月、京都生まれ。1988年3月、大阪大学文学部哲学科卒業。1990年3月、東京大学大学院倫理学専攻修士課程修了。1994年3月、一橋大学大学院社会学専攻博士後期課程単位修得満期退学。1997年9月、初めてウェブサイトを開設。1999年1月、日本マルチメディア大賞受賞。電子書籍以外に、紙の本として『縦横無尽の知的冒険』(2003年7月, プレスプラン)、『ファリック・マザー幻想』(2008年12月, リーダーズノート)を出版。

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Additional Information

Publisher
Nagai, Toshiya
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Published on
May 20, 2015
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Pages
287
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Language
Japanese
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Genres
Philosophy / Social
Science / System Theory
Social Science / Sociology / General
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たんに感性的所与を記述しただけの「今、私には、かくかくのように見える」という命題は、間違うことはない。また「AかつAでないということはない」という矛盾律も絶対的に正しい。なぜならば、それは誤謬を誤謬と判断する基準そのものであるからだ。しかし、こうした「真理」は、真理の名に値しない最も貧しい真理である。真理の名に値する真理を獲得するには、確実だが、狭い真理の領域から《超越》しなければならない。そのような超越が可能かどうかを論じる哲学が、超越論的哲学である。

超越論的哲学の源泉となったイマヌエル・カントの哲学では《超越論的 transzendental》は《超越的 transzendent》から区別される。ドイツ語の接尾辞“-al”には、「…に関する」という意味があり、したがって、超越論的哲学における認識とは超越に関する認識ということになる。全知全能の存在者が限界を持たず、したがって限界を認識することもないので、端的に超越的であるのに対して、有限な存在者は自己の限界を意識せざるをえず、その認識の様態は超越論的になる。

ソクラテスは、「無知の知」ゆえに、すべてを知っていると僭称する他の人々よりも優れていた。「生兵法は大怪我の基」という諺にある通り、自分の能力の限界を知らない人ほど、大失敗をするものだ。自分の無知を心得ている人は、無理をしないし、その限りでは利口なのである。この意味で、自分の認識に限界があると認識できる人は、実は自分の認識の限界を超越している。限界の内部にいる人には、限界が見えない。限界を超越して初めて、限界を認識することができる。カントもまた、「無知の知」ゆえに、たんなる無知以上の智者だった。

カント以前の哲学者たちは、認識とは物自体の認識であると考えていた。大陸における合理論的哲学者たちは、それが可能であるとする独断論的主張を行い、英国における経験論的哲学者は、それを疑問視する懐疑論的な結論を下した。カントは、合理論的独断論者と経験論的懐疑論者が共有していた「認識とは物自体の認識である」という大前提を否定し、物自体から区別された現象を認識の対象とすることで、アプリオリな総合判断が可能であると考えた。

私たちは、不完全であっても、世界を理性的に認識しようとするし、道徳法則に従って理性的に行為しようとする。理論的ならびに実践的な意味で人間理性によって理性的に創られた現象界は、理性を究極目的としているとみなすことができる。この歴史観は、人間原理の哲学バージョンと名付けることができる。人間原理とは、宇宙において人間に特殊な地位を与えない宇宙原理とは対照的に、観測可能な宇宙における観測者に特別な地位を与える原理である。マルチバース全体を物自体、観測可能なこの宇宙を現象界なぞらえるなら、人間原理とカントの超越論的哲学との間に類似性を見出すことができる。したがって、カントの超越論的哲学は、超越論的目的論として特徴付けることができる。

エントロピーはたんなる物理学の概念ではない。熱力学第二法則を非熱力学的分野に拡張することで、エントロピーの理論は、生命システム、意識システム、社会システムといったあらゆるシステムを貫く理論とすることが可能である。本書は、拡張されたエントロピーの概念で森羅万象を説明しようとする哲学的な試みである。


どのような開いたシステムも、自らの低エントロピーな構造を維持するためには、環境のエントロピーを増大させなければならない。生命システムは、自己準拠的に自己自身を創作し、数を増やすことで全滅するリスクを低下させている。この点で、他の非生命システムとは異なる。生命のうち、自己保存のための選択が、不確定な情報エントロピーの縮減に基づくシステムは意識を持つ。


意識を持つシステムは、相互に相手の不確定性に依存する社会的エントロピーに晒される。この社会的エントロピーを縮減してくれる媒介的第三者が、コミュニケーション・メディア(文化システムにおける記号、経済システムにおける貨幣、司法システムにおける刑罰、政治システムにおける票)である。


コミュニケーション・メディアの起源は、系統発生的にはスケープゴートであり、個体発生的にはファルスである。境界上の両義的存在者の抹殺はシステムのエントロピーを縮減することに貢献する。その貢献ゆえに、いったん排除されたスケープゴートは媒介的第三者として機能する。また去勢以降、母子を結びつけるファルスも、その非存在ゆえに媒介的第三者として機能する。


本書は、最後に、エントロピーの経済学を概説した後、人類史のマイルストーンを振り返る。人類は、太陽活動が低迷し、物質的エントロピーが増大し、情報エントロピーが減少する時に、つまり革命を起こす必要があり、かつ起こす能力がある時に革命を起こす。このエントロピー史観の法則に基づいて、人類誕生から現代資本主義の成立にいたる歴史のシステム論的説明を試みる。

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