栄光なき天才たち

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 敗戦の屈辱から約20年——1964年の東京五輪は、当時の日本人達にとって、単なるスポーツの祭典以上の意味を持っていた。

 もはや戦後ではない。惨めな負け犬ではない。高度経済成長の波に乗り、生まれ変わった「経済大国日本」の姿を世界に誇示するまたとない機会であったのだ。



 そんな東京五輪を遡ること4年前、ローマ五輪。かつての陸上王国だったはずの日本が、総ての陸上競技に入賞ゼロという絶望に打ちひしがれていた頃、陸上界には新たな巨星が誕生する。

 ヒーローの名は、ハダシの王者、アべべ・ビギラ。一介の無名兵士だったはずの彼は、最終日のマラソン競技に世界新記録で優勝すると、一夜にして、祖国、エチオピアの英雄となったのだった。

 ——そして、また、ローマから遠く離れた地、日本でも、後に東京五輪で王者アべべと優勝争いをすることとなるニューヒーローの芽吹きが……

 

 

 後世に残る偉業を成し遂げながらも、不遇の人生を送った“栄光なき”天才たち。彼らの人生は、如何なるものだったのだろうか——森田信吾による異色の偉人伝!
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 ハリウッドがつくりあげた最大のスター、マリリン・モンロー。彼女の名はみな知っているけれど、彼女が何者であったのか、誰も知らない——。



 マリリン・モンロー、本名ノーマ・ジーン。

 彼女の幼少期は、父親不明、祖母と母が精神病院に入院、里親を転々とし孤児院に預けられるなど、身寄りのない孤独なものだったが、兵器工場で働いていた時分に、偶然撮られた写真が、後にハリウッド大スターとなる彼女のキャリアをスタートさせることとなる。

 雑誌のカバーガールから始まり、風でスカートをわざとめくり上げるあまりにも有名なワンシーンをもつ映画、「七年目の浮気」で“セックス・シンボル”としての地位を確かにさせた以降も、マリリン・モンローの人気はうなぎ上りの一方であった。


 しかし、世界に名を轟かすほどの大人気の一方で、モンローは、「頭が空っぽのグラマー女優」という世間のレッテルに反発、ハリウッドを飛び出してニューヨークへと渡る。

 演劇学校で一年にわたる猛勉強の末、“マリリンはついに女優となった”との評価を受ける「バス停留所」などの作品に出演するも、相変わらずアカデミー賞からはことごとく無視をされ、さらに追い打ちをかけるように、彼女を襲う、流産、離婚という悲劇。

 世界のモンローという耐えざるプレッシャーと孤独は彼女の心を蝕み……



 後世に残る偉業を成し遂げながらも、不遇の人生を送った“栄光なき”天才たち。彼らの人生は、如何なるものだったのだろうか——森田信吾による異色の偉人伝!

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