序文より
本書「コンテンポラリー・ギター・ハーモニー」は、既刊「ヤマグチ・ギター・メソッド」の姉妹書として、先進的なハーモニー・サウンドを志すギター・プレイヤーに向けて、いままでにない斬新なアプローチを説くために編纂されています。4音構成におけるサブセット(部分音階・音群)における全ての可能性を導き出し、それらの音の集まりを現在のミュージック・シーンにおける機能的、もしくは、非機能的和声でどう活用できるかを教授しています。本書で解き明かされるハーモニーの原理とその発展は、自分自身のギター・ハーモニーの可能性を拡充していくための原動力として、半永久的にギター・プレイヤーの探究心をかき立てるはずです。
本書で取り扱うボイシングは様々であり、バークリー音楽院などのジャズ教育で一般的になっている「ドロップ2 Drop 2」、「ドロップ3 Drop 3」、「ドロップ2&4 Drop 2&4」の用語では領域が表現しきれません。21世紀における音楽の和声的可能性を解き放つために、その代わりの用語として、本書独自の「オープン1 Open 1」~「オープン7 Open 7」の分類システムを提案しています。ギターの指板上から、いままで聴いたこともないようなギター・ハーモニーが弾き出されるかどうかは、学習者のテクニックと音楽性、不協和への認識などに深く関わり、結局のところ、ミュージシャンとしての成長と自己認識で成果が問われます。
本書の目的は、「想像力に富んだ未知の領域のギター・ハーモニーへの探求」に興味がある全てのジャンルのギター・プレイヤーの要望に応えるために編纂されています。本書独自のメソッドにより、誰でもダイアトニック、及び、ノン・ダイアトニック・ハーモニーにおける「一般的ではないコード・ボイシングの押さえ方」によるサウンドを体験することが出来ます。本書は、指板上における数学的可能性の全てを網羅した初めての「(4音構成の)ギター・コード・ブック」と言っても過言ではありません。
本書のコード・ダイアグラムは「ジャズ・アプローチにおける音階大辞典」で明らかにされた「43種類の4音構成のサブセット・部分音階」に基づき、これらの4音構成のギター・ハーモニーが効力として本書独自の和声論の基礎を成しています。最も一般的な6弦ギターにおける指板上の4本指で押さえられる、3音構成、5音構成、6音構成のギター・ボイシングよりも4音構成のギター・ボイシングを中心に考える理由は、(歪まない)ギター・アンプで鳴らした場合、その多様性と実用性において、最も「4音構成のギター・ハーモニー」の探求がなされるべきだからです。1970年代におけるハービー・ハンコック、チック・コリア、キース・ジャレットなどのエレクトリック・ピアノ演奏を考察しても、アコースティック・ピアノで押さえるボイシングよりも音数を減らした工夫をして、エレクトリック・ピアノに適応した演奏をしていることからも明白です。
「43種類の4音構成のサブセット・部分音階」に基づく「オープン1 Open 1」~「オープン7 Open 7」のギター・ボイシングを探求し、その次に、6弦ギターで物理的に押さえることが可能な「5音構成のギター・ボイシング」、「6音構成のギター・ボイシング」を自分で見つけ出してください。「43種類の4音構成のサブセット・部分音階」の中には、「19種類の3音構成のサブセット・部分音階」も既に含まれていますので、「3音構成のギター・ボイシング」に関しては、4音構成のギター・ボイシングから1音省略することによって探求できます。
一般的な「オープン1 Open 1」、「オープン2 Open 2」から、先進的な「オープン3 Open 3」~「オープン7 Open 7」のボイシングに置き換えることで、違ったサウンドも得られます。しかしながら、伝統的なジャズ・ギター演奏が求められる状況で「オープン7 Open 7」のボイシングなどを使用するのは賢くありません。音楽シーンの歴史的経緯を踏まえて、先進的な「オープン3 Open 3」~「オープン7 Open 7」のボイシングが受け入れられるのは、1960年代以降のジャズのイントロ、間奏、エンディングなどのモーダルな部分から試してみるべきです。一般的な「ドロップ2 Drop 2」、「ドロップ3 Drop 3」のボイシングに自分自身の演奏を留めておくかどうかは、ギター・プレイヤーのセンスに関わるところです。しかし、音楽を芸術の自己表現手段に選択した以上、自分らしいサウンドを探求するのは、自己責任における可能性の追求に伴う音楽性の問題なのです。
繰り返しになりますが、本書「コンテンポラリー・ギター・ハーモニー」は、全く新しい「未知のギター・ハーモニーへの探求」のための解説書であり、これまでのギター・メソッドでは出版されなかった極めて独創的な内容です。表現力の拡大が常に望まれる音楽表現において、学習者の音楽的語彙の強化を促し、ハーモニー創造の可能性を引き出すことを心から願っております。
あとがき より
19世紀から解き放たれた西洋音楽創造の局面に色彩的要素、すなわち、不協和音の積極的使用があります。不協和の価値観は時代と共に変化しており、ジャズにおけるクロマティシズムは20世紀を通してゆっくりと浸透し、降り注ぐ雨音のごとく無調性への現実を音楽の屋根に叩きつけました。
本書で啓蒙される「インターバル・ベクター分析によるサブセット・音群のハーモニーへの活用」は、従来の音楽理論書では説明されていません。全ての音階の可能性を重複なしに導き出すためのシステムである「ジャズ・アプローチによる音階大辞典」の編纂者だからこそ考案できた協和・不協和音への包括的和声論なのです。
音楽の歴史において、「協和」と「不協和」の価値観が大きく変化してきたように、成長段階にあるミュージシャンの美的感覚の発達も、それぞれ違っているはずです。音楽という聴覚による芸術は、旋律・和声創造の可能性をこと細かに制限するものではなく、絵の具を混ぜ合わせ、様々な色彩を携えたパレットを持つ画家のごとく、常に色彩的可能性を拡充していくものだと思います。
「コンテンポラリー・ギター・ハーモニー」は先進的なサウンドを志すギター・プレイヤー(注:テクニックだけでなく音楽性も上級のギタリストの意)のために編纂されました。本書で提案されるギター・ハーモニー論の長所は、ピアノでは複雑な不協和音ボイシングを、クロマティックな文脈を壊さずに「クッキリしたcrisp」響きのギター・ボイシングに変換し、色彩的手法で自己表現できることです。ピアノ・ボイシングが「濁ってmuddy」聴こえるのに対して、個々の音がより明確に聞こえる音数の少ないギターのボイスは、決してピアノでは得られないものです。
本書のパート3で説かれた和声概論は、はじめは難解なコンセプトに感じるかもしれませんが、コード・シンボルが付けづらい色彩的ボイシングを解明する最善の方法だと年を追うごとに痛感するはずです。結局のところ、21世紀のエレクトリック・ギター・プレイヤーは4音構成のボイシングを主体に扱い、パート2にリストアップされたコード・ダイアグラムの要素の中で自分を表現します。ですので、その4音構成のボイシングの無限(あるいは有限)の海に深く潜るか、浅瀬で楽しむかは本人次第なのです。
本書の英語原稿に目を通し、クロマティック・ボイシングの用例の一部引用・応用を許可してくれた恩師、デビッド・リーブマン氏に謝意を表します。しかし、本書における文章責任は、筆者にあることを明記しておきます。
「コンテンポラリー・ギター・ハーモニー」を学んだギタリストの楽曲作品のボイシングは「ハーモニーを空間上でベクターの比率をコントロールしているインターバルのゲーム」でありハーモニーにおける色彩的手法の新境地を開拓していくはずです。表現力の拡大が常に望まれるインプロヴィゼーションや作曲において、本書が新しい世代のギター・プレイヤーの可能性を最大限に引き出すことを心から願っています。
日本人として初めてニューヨーク市立大学大学院(City College of New York)でジャズ・パフォーマンス科の修士号を取得し、